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「お前らメメント・モリって知ってる?」海外の反応

Wikipediaーメメント・モリ
メメント・モリ(memento mori)は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句。「死を記憶せよ」などと訳され、芸術作品のモチーフとして広く使われる。古代ローマでは、「将軍が凱旋のパレードを行なった際に使われた」と伝えられる。将軍の後ろに立つ使用人は、「将軍は今日絶頂にあるが、明日はそうであるかわからない」ということを思い起こさせる役目を担当していた。そこで、使用人は「メメント・モリ」と言うことによって、それを思い起こさせていた。

 
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このあと一瞬気まずい空気になるのが想像できるね

この役割やらされる使用人はパレードが終わったら殺されてそうだな

あまり知られていない事実。最初にこれをやった奴隷の名前はデビウス・ダウネルス

デビー・ダウナー
コメディショー『サタデーナイトライブ』で何でも否定的なことを言うキャラクター

“盛り上がってる時に水を差す発言をして場の空気をぶち壊す人”という意味のスラングとして使われる事が多い


俺はこの言葉を知ってすぐ胸にタトゥーを入れたよ

←俺も。死神と時計も一緒に入れた。

つまりメメント・モリはヴァラー・モルグリスの現実バージョンってこと?

(注)ゲーム・オブ・スローンズに登場する架空の言葉。意味は「全ての者はいつか死ぬ」


これも面白いな
「メメント・モリの他の例は、ポルトガルのCapela DOS Ossosや、ローマのConvento dei Frati Cappuccini に代表される人骨教会に見られる。これらの教会の壁面や天井は人骨によって埋め尽くされている。Capela dos Ossosの入り口にはこのような警句が掲げられている。”We bones, lying here bare, await yours.”」

Capela DOS Ossosはエヴォラのカトリック教会、人骨堂内部の写真(閲覧注意)
www.odditycentral.com/pics/the-bone-chapel-of-portugal-a-creepy-sacred-destination.html


←そこ行ったことある。その警句は心に響いたね。

こういうのいいな。もっと死を感じたいから他にもくれ

 

オジマンディアス

古代の国エジプトから来た旅人はいう

胴体のない巨大な石の足が二本
砂漠の中に立っている その近くには
半ば砂にうずもれた首がころがり
顔をしかめ 唇をゆがめ 高慢に嘲笑している
これを彫った彫師たちにはよく見えていたのだ
それらの表情は命のない石に刻み込まれ
本人が滅びた後も生き続けているのだ
 
台座には記されている
「我が名はオジマンディアス 王の中の王
全能の神よ我が業をみよ そして絶望せよ」
 
ほかには何も残っていない 
この巨大な遺跡のまわりには
果てしない砂漠が広がっているだけだ 
(注)パーシー・シェリーによる1817年の作。オジマンディアスとは古代エジプトのファラオ・ラムセス大王の別名。訳http://blog.hix05.com/blog/2008/01/_ozymandias.html

←ロンドンに行く人がいたら大英博物館によってみて。これの元ネタになってるラムセス2世の巨大な石像に圧倒されるよ。

ここ見てやっとこのシーンの意味が理解できた
(1:20~)

←20年たってようやくこのジョークに気づいたよ

←俺はこの映画の続編を35年待ってるけどな

1984年に公開されたメル・ブルックス監督の作品。世界史の通説を、ブルックス特有の切り口で再構築したパロディ映画。映画の最後には『PART2』の予告編が入り、アイスショーをするヒトラーなどが登場する。

メル・ブルックス/珍説世界史PARTIーWikipedia

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2010-07-02

パットン大戦車軍団のラストシーンを見よう。最高の映画の最高のエンディング。

(注)ここではAll glory is fleeting(全ての栄光は儚い)と英訳されている。
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2012-09-05


これは凱旋パレードに限った話じゃないよ。古代世界でヒュブリスはとても重視されていたんだ。芸術家、詩人、政治家、哲学者といった当時の知識人は皆がこれに言及していたんだ。

ヒュブリス【hybris】
古代ギリシア倫理思想の根底をなす概念で,しばしば〈傲慢(ごうまん)〉と訳される。思いどおりに事が運んで繁栄の極みにある人間が,幸運に酔いしれ,あるいはみずからの力を過信して,ときには神々に対してさえ示す思い上がった言動,こうした人間の分をわきまえぬ傲(おご)りや昂(たかぶ)りは,かならずや天罰(ネメシス)を招き,人を破滅させずにはおかないものと考えられた。
kotobank.jp/word/ヒュブリス-121126 

例えば、運命の輪という考え方がある。これは人生は全ての人間による輪のようなものであるという考え方だ。現在は頂点に立つ人間であっても、いつまでもそうであるとは限らないので気を引き締めるべきであり、逆にいどん底の状態人でも希望を失うなということである。
タロットカード「運命の輪」
運命の輪には、円の上にスフィンクスが剣を持って座っています。そして、円の周りには蛇と狐が描かれています。そして、四隅には四台元素を司る天使たちが描かれ、獅子(火)・牡牛(地)・人(風)・鷲(水)が四隅で書物を読んでいます。これは、天使達は自分たちの特徴や自分らしさを勉強中だということを意味しているのです。そして、蛇は狐のほうへ狐はスフィンクスの方へと向かっている。これは、天使達の力をかりて、自分の持っている力を出せば、悪から善へ、低次から高次へと自然に流れることを意味しています。しかし、頂点のスフィンクスに辿りついても、そのままだとまた降下してしまうことを暗示しています。ですから、頂点に立ったら、また降下の流れに飲み込まれないようにスフィンクスの持っている剣で流れを断ち切るということを意味しています。

つまり、運命とは悪いことも良いことも偶然ではなく必然で起こり、どちらも長く続かないことを暗示しています。ただし、必然を手に入れるためには、己を知り理解しなければチャンスは巡ってこないということを意味しているのです。

taroturanai.com/tarot/tarot13.html

さらにイーカロスを思い浮かべてみてくれ。”傲慢な者は裁きを受ける”というストーリーは古代の神話で頻繁にあるものなんだ。
ギリシア神話に登場する人物の1人。蝋で固めた翼によって自由自在に飛翔する能力を得るが、太陽に接近し過ぎたことで翼が溶けてなくなり、墜落して死を迎えた。イーカロスの物語は人間の傲慢さやテクノロジーを批判する神話として有名である。

今回の例の場合、使用人は将軍の輝かしい栄光と権力を持っていても、依然として死すべき存在であるという現実を知らせるとともに、その立場によって身を滅すことないように用心するよう警告しているんだよ。

goo.gl/a4yRte


(補足)メメント・モリは古代ローマ時代では、”人間は死ぬ。だからこそ現世を謳歌しよう”といったニュアンスで用いられていたが、中世以降のキリスト教世界観を反映して、”現世でどれほど栄華を誇っていても人間はどうせ死ぬ”といった意味で使われることが多くなり、現在ではどちらかといえば後者の意味で定着している。

 
メメント・モリ
藤原 新也
三五館
2008-10-21