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「君たちが好きな詩を紹介してくれ」海外の話題

オジマンディアス
パーシー・シェリー
 
古代の国エジプトから来た旅人はいう
胴体のない巨大な石の足が二本
砂漠の中に立っている その近くには
半ば砂にうずもれた首がころがり
 
顔をしかめ 唇をゆがめ 高慢に嘲笑している
これを彫った彫師たちにはよく見えていたのだ
それらの表情は命のない石に刻み込まれ
本人が滅びた後も生き続けているのだ
 
台座には記されている
「我が名はオジマンディアス 王の中の王
全能の神よ我が業をみよ そして絶望せよ」
 
ほかには何も残っていない 
この巨大な遺跡のまわりには
果てしない砂漠が広がっているだけだ 
全能の神よ我が業をみよ そして絶望せよ”
過去の意味で「偉大な業績を見よ、そして畏怖せよ」、そして現代の意味で「廃墟と化したかつての私の栄光をみよ。全てのものは滅びるのだ。」、
このダブルミーニングがいいね。

↑偉大な詩だ。史上最高のTVシリーズにもインスピレーションを与えているんだ。

(注)ブレイキング・バッド シーズン5 エピソード14のタイトルは「オジマンディアス」
仮面 
シェル・シルヴァスタイン
 
彼女は青い肌をしていた。
彼も同じ
彼は隠していた
彼女も同じ
二人は青を
一生探し続けた
そして二人はすれ違う
何も知らずに

↑おいそれでどうやって肌の色隠すんだよ。おかしいだろ。

↑君はなかなか建設的な批評をするね。

↑これはメタファーなんだ。彼らは他と違ってるからそれを隠そうとする。その一方で、自分に似た誰かを探しているってこと。

↑いや、コロイダル・シルバーを服用するとこうなるって話だよ。

(注)治療薬で肌が青くなった男性、テレビ番組出演を機に前向きな人生歩む。

“im blue da ba de”

 ↑お前を待ってた。

コノヒトタチ つっつくべからず
S. シルヴァスタイン
講談社
2009-11-05


千の風になって
作者不詳
 
わたしのお墓に佇み泣かないでください
わたしはそこにはいません、わたしは眠りません
わたしはふきわたる千の風
わたしは雪上のダイヤモンドのきらめき
わたしは豊穣の穀物にそそぐ陽光
わたしはおだやかな秋雨
あなたが朝の静けさの中で目覚めるとき
わたしは翔け昇る上昇気流となって
弧を描いて飛ぶ静かな鳥たちとともにいます
わたしは夜に輝くやさしい星々
わたしのお墓に佇み嘆かないでください
わたしはそこにはいません、わたしは死ななかったのです

↑作者はメアリー・フライ

 この詩の起源に関してはいくつかの説があるが、1932年、メアリー・フライ(1905 – 2004年 メリーランド州 ボルティモアの主婦)が書いた最初の詩とする説が有力である。同居していた友人であるマーガレット・シュワルツコップ(ドイツ系ユダヤ人少女)の母(ドイツ在住)が亡くなり、しかし当時のドイツの反ユダヤ主義の風潮のために帰国出来なかったことが原因で落ち込んだ彼女のために、茶色の紙袋にこの作品を書いた。シュワルツコップの母の死からしばらくして、彼女の家族の友達が詩をはがきに印刷して、人々に送った。これが人々に『人伝いで』広まった最初の原因だと思われる。メアリー・フライは友や人々の癒し・追悼のためにこの詩を書き、著作権にこだわることのなかったため、人々は自分の文体や言葉で表現でき、出版などで流通する作品より広く知れ渡ることになったと思われる。

↑ 僕の父が亡くなったとき、この詩を額装して贈ってくれた人がいた。包みを開けた瞬間の僕の感情は言葉では言い表せなかったよ。今でも父が恋しくなったときのために大切にしまってあるんだ。君の投稿に感謝するよ。

僕のベストは常に、ウィルフレッド・オーウェンの”Dulce Et Decorum Est”。
他のどんな映画や写真や手紙であっても、この詩ほど第一次世界大戦の恐怖が伝わってくるものはない。

甘美でうるわしい
ウィルフレッド・オーウェン

二つ折れになって、袋を担いだ老いた乞食のようによろめき
老婆のようにせきをしながら、我々はぬかるみの中で苦戦した
やっと付きまとう炎に背を向け
はるかな安らぎの地へと足取り重く進み始めた
男たちは眠りながら行軍した。多くは靴を失くし
びっこを引き、血だらけだった。誰もがびっこだった、目が見えなかった。
疲労に足をとられた。聞こえもしなかった
落伍した、疲れ果てて追い越されたファイブ・ナインズ砲の連中の叫び声さえ。

毒ガスだ、毒ガスだ、みんな、早く! 手探りするエクスタシー、
やっとのことで防毒面を被りなおす。
だが誰かがまだ大声を上げ、躓いている、
そして火や鳥もちの中にいるかのようにもたついている・・・
ぼやけたまま、霧状のガラス枠と暑い緑の光越しに、
緑の海の下ででもあるかのように、私は彼が溺れていくのを見た。

夢を見るたび、私の何もできない視界の前で、
彼は私に突進してきた、ゆらゆらと、息苦しそうに、溺れながら。

もしこの世とは思えぬ息もつけぬ夢の中で
我々が彼を投げ入れた荷馬車の後ろについて君も歩くことができるなら、
顔面で身もだえする彼の白い目を、
罪に嫌気のさした悪魔のような、彼の垂れ下がった顔を見ることができるなら、
もし君が振動のたびに、気泡の壊れた肺から血が
ゲボゲボと音をたてて出てくるのを聞くことができるなら、
腫瘍のように不快で、反芻された食物のようににがい、
けがれない舌に不快な癒しがたい苦痛を残す血だ―

友よ、よもや君は意気高揚して言いはしまい
英島とやらが欲しくてたまらない命知らずの子供たちに
あの古い大嘘を、甘美でうるわしい
祖国のために身を捧ぐは、と。

『ウイルフレッド・オウエン戦争詩篇』 中本初美訳

↑ これって「国のために死ぬとは名誉なこと」なんて愚かな考えだって言ってる?
↑そう。正確には”古い大嘘”だけど。
 オーウェンは生前にはまったく無名の詩人だった。今日に残るオーウェンの詩のほとんどは、1917年の夏から翌年の夏までの短い期間に書かれた。オーウェンはイギリス軍の将校としてフランス戦線に従軍し、そこで血みどろの地獄のような光景に直面して深刻な神経症に陥り、エディンバラの軍の病院で治療を受けたのであるが、そのときに出会った詩人シークフリード・サスーンの指導を受けながら、戦争体験を詩にした。
 それらの詩は彼の生前には刊行されることがなかった。死後2年後の1920年にサスーンが遺稿を集めて出版し、1931年にはエドマンド・ブランデンが完全な形で詩集を出版するや、彼の詩はたちまち人々の心を捉えた
オーウェンの詩は、歌っている内容が余りにも非人間的な体験であるところから、通常の詩とは全く異なったパッションを、読む人の心に掻き立てる。言葉の使い方は滑らかでなく、音楽的でもない。だが戦場での異常で非人間的な出来事を語りかけるその言葉には、あらゆる言葉の修飾を超越した迫力がある。そしてその迫力は、人間というものに対する限りない愛惜の念によって裏付けられている。

↑この詩を教えるのが好きだ。これと対照的なブルックの「兵士」を先に教えて、そのあとにこれを持ってきてる。大体いつも子どもたちはオーウェンの方が好きみたいなんだよね。

兵士
ルパート・ブルック
 
もし僕が死んだら、これだけは忘れないでほしい、
それは、そこだけは永久にイギリスだという、ある一隅が
異国の戦場にあるということだ。豊かな大地のその一隅には、
さらに豊かな一握りの土が隠されているということだ。
 
その土は、イギリスに生をうけ、物心を与えられ、かつては
その花を愛し、その路を闊歩した若者の土なのだ。
そうだ、イギリスの空気を吸い、その川で身を濯ぎ、その
太陽を心ゆくばかり味わった、イギリスの若者の土なのだ。
 
また、もし僕の心が罪に潔められ永遠者の脈うつ心に溶け
こめるならば、感謝の念をこめて、故国によって育まれた
数々の想いを故国に伝えるであろうことを
故国の姿や調べを、幸福な日々の幸福な夢を、友から学んだ
笑いを、祖国の大空の下で平和な者の心に宿った
あの優しさを、故国に伝えるだろうということを。
Brook(1887-1915)は将来の大成を期待されていた詩人だが、第一次世界大戦に参加し、まもなく病死した。彼も「戦争詩人」の一人であるが、第一次・第二次大戦の凄惨な事態を経験した人々からは敬遠されているようである。この詩は、詩集『一九一四年その他』(1914 and Other Poems,1915)に収録。
(『イギリス名詩選』平井正穂編)
ウィルフレッド・オウェン戦争詩集
ウィルフレッド オウェン
英宝社
2009-07

インビクタス
ウィリアム・アーネスト・ヘンリー
 
私を覆う漆黒の夜
鉄格子にひそむ奈落の闇
私はあらゆる神に感謝する
我が魂が征服されぬことを
 
無惨な状況においてさえ
私はひるみも叫びもしなかった
運命に打ちのめされ
血を流しても
決して屈服はしない
 
激しい怒りと涙の彼方に
恐ろしい死が浮かび上がる
だが、長きにわたる脅しを受けてなお
私は何ひとつ恐れはしない
 
門がいかに狭かろうと
いかなる罰に苦しめられようと
私が我が運命の支配者
私が我が魂の指揮官なのだ
↑ 最後の2行は俺の腕のタトゥー。人生には常に道が開かれてることを忘れないようにしてるのさ。


↑ 俺のフェイバリット。俺は高校でこれを暗記しなきゃいけなかったんだ。ポスターを貼って覚えたよ。それにしても、ポジティブな詩だよね。1875年にアーネスト・ヘンリーが重い結核という試練を前にして生まれたんだよ。
これを読むと、成功のために努力して、挑戦を恐れず、 運命を手に握りしめ、魂の操縦者になろうっていつも思い出すんだ。

 ヘンリーは幼少期に骨結核にかかり、十代で片足を切断。この詩は不運にみまわれたわが身の魂の救済をもとめて書いたもの。どんな運命にも負けない不屈の精神を詠っている。
金は全て光るとは限らぬ、
放浪する者すべてが、迷う者ではない。
年ふるも、強きは枯れぬ、
深き根に、霜は届かぬ。
灰の中から火はよみがえり、
影から光がさしいずるだろう。
折れた刃(やいば)は、新たに研がれ、
無冠の者が、また王となろう。

↑トールキン!
↑”作 ビルボ・バギンズ”
(注)冒頭の”金は全て光るとは限らぬ”(All that is gold does not glitter)は、シェイクスピア『ヴェニスの商人』に登場する有名な一節”光るものは必ずしも金とは限らぬ”(All that glisters is not gold)のもじり。


ラドヤード・キップリングのIf

 
 ↑俺もこれ。 大好きな曲がこれを引用してるんだ。Brand Newの”Sowing Season”

 ↑ナダル&フェデラーの朗読
  

 

 “If—” は英国のノーベル文学賞受賞者であるラドヤード・キプリングが1895年に書いた詩であり、1910年初版の『ご褒美と妖精』に掲載した。 これは、リアンダー・スター・ジェームソンへの賛辞である。 この詩は父親から息子であるジョンへの教えの形式として書かれた。
 ビクトリア時代における禁欲主義への回帰、すなわち、窮状でも毅然とした態度を保つ英国人の気概として、”If—” は正当な文化資本の名残をとどめている。この詩の英国における文化建設的地位は、数々の詩のパロディーや英国人による認知度により裏付けられる。
 インドでは、プネ市にある国防士官学校で、詩のコピーは士官室の勉強机の前に掲げられた。英国では、第2詩節3-4行目である “If you can meet with Triumph and Disaster / and treat those two impostors just the same” (勝利も敗北も等しく受け入れて、惑わされることがないなら)の句が、ウィンブルドン選手権の開かれるオールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブセンターコートの選手入場口に描かれている。
火と氷
ロバート・フロスト
ある人たちは世界は火で終わるというし
ある人は氷で終わるという
おれがかつて望んだところにしたがい
おれは火に賛成する。
だが世界がもし二度滅びなくてはならないとしたら
おれもさんざん憎しみを知ってきたことだし
いわせてもらおう 氷による滅亡も
なかなかいいね

↑学校で習ったときは意味不明だった。たった今気づいたんだけど、これ世界の終わりがテーマってわけじゃないんだね。気に入ったよ。

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誰がために鐘は鳴る

ジョン・ダン

誰も孤独ではない
人は皆大陸の一片
もしその土が波に洗われると
ヨーロッパ大陸は狭くなっていく
さながら岬が波に削られていくように
あなたの友やあなたの土地が
波に流されていくように
 
誰かが死ぬのもこれに似て
我が身を削られるのも同じ
なぜなら自らもまた人類の一部
 
ゆえに問う無かれ
誰がために鐘は鳴るのかと
それが鳴るのはあなたのため

 ↑心に響いたよ。人と人とのつながりを改めて考えさせられた。

(注)病魔に襲われ死を前にした聖職者ジョン・ダンが、病床で教会から響く葬式の鐘の音を聞きながら、自らの魂の行く末を思案した詩文。後にヘミングウェイがそのまま作品のタイトルに引用した。


あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない
ディラン・トマス 
 
あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない
老齢は日暮れに 燃えさかり荒れ狂うべきだ
死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ
 
賢人は死に臨んで 闇こそ正当であると知りながら
彼らの言葉が稲妻を 二分することはなかったから 彼らは
あの快い夜のなかへおとなしく流されていきはしない
 
彼らのはかない行いが緑なす入江で どれほど明るく踊ったかも知れぬと
最後の波ぎわで 叫んでいる善人たちよ
死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ
 
天翔ける太陽をとらえて歌い
その巡る途中の太陽を悲しませただけだと 遅すぎて悟る 気性の荒い人たちよ
あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない
 
盲目の目が流星のように燃え立ち明るくあり得たことを
見えなくなりつつある目でみる いまわのきわの まじめな人たちよ
死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ
 
そしてあなた ぼくの父よ その悲しみの絶頂で
どうかいま あなたの激しい涙で ぼくを呪い祝福してください
あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない

死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ

『映画で英詩入門』(鈴木洋美訳)

 ↑末期の病でもう長くない作者のお父さんに向けて作ったらしいね。
 

 ↑『インターステラー』で使われてて映画に完璧にマッチしてた。でも、これ自体素晴らしい詩だと思う。

インターステラー [Blu-ray]
マシュー・マコノヒー
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2015-11-03



優しく雨ぞ降りしきる
サラ・ティーズデール

優しく雨は降りしきり、土の香深くたちこめ
燕は、微かに翼きらめかして、空に舞う

夜更ければ、よどみに蛙鳴きたて
垣低く、気ままなふしを歌う

戦を知るもの、ひとりとてなく、
そのいつ終わるとも、知るものついになし

人のうからのなべて絶え果つるとも、
小鳥も草木も、これに心掛くることあるまじ

暁にめざめし春の女神すら、
我らが去りしことをば、それと心つかざらん

(『火星年代記』 小笠原豊樹 訳)

↑同名のレイ・ブラッドペリの短編小説もいいよ。

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)
レイ ブラッドベリ
早川書房
2010-07-10

軽騎兵の突撃
アルフレッド・テニスン 

半リーグ 半リーグ
半リーグ 前進
六百騎の兵は全員
死の谷へと進む。
「軽騎兵 総員前進!」
「砲兵陣地を攻撃せよ!」
六百騎の兵は全員
死の谷へと進む。
 
「軽騎兵 総員前進!」
怯えていた兵士はいたか?
いない 指揮官は誰かの
間違いだと分かっていたが
兵士たちは無言で
理由を聞くことなく
ただ命令に従い死地に向かう。
六百騎の兵は全員
死の谷へと進む。
 
右に砲弾
左に砲弾
前に砲弾
弾と破片の一斉射撃が
鳴り響き 襲いかかるが
勇敢にも兵士は馬を進め
六百騎の兵は全員
死の谷へと進む。
 
閃く兵士のサーベル
閃く宙を舞うサーベル
敵砲兵を切り付け
一軍団を襲う
全世界は驚いた。
硝煙の中に飛び込み
前線をつき破った。
コサックとロシア兵は
サーベルの一撃によろめき
打ち砕かれ 切り裂かれた。
敵は逃亡したが 
六百騎の兵は後退しなかった。
 
右に砲弾
左に砲弾
後に砲弾
弾と破片の一斉射撃が
雷鳴のごとくに鳴り響き
馬と英雄は倒れたが
勇戦した兵士は
死の顎をくぐり抜け
地獄の入り口から生還した。
六百騎の兵士の
生き残りが生還した。
 
彼らの栄光が色あせるだろうか?
彼らの無謀な突撃!
全世界が驚いた。
彼らの突撃を称えよ
軽騎兵を称えよ

高貴なる六百騎。

(中島久代 訳)

↑やっと出てきた。僕のベスト1。
(関連記事) 外国人「歴史的事件を題材にした曲を貼っていこう」


おお、ぶるぶるの爛れなげれし洟汁よ
なんじが排尿はわが目には
病にぐじゅれし蜂の陸続の粟粒腫瘍のごとし
グロゲロよ、いまなんじにこいねがう
わがふんべりの泥具場を
いざ、がさがさの包み腐れもてタガ輪の輪のごとくにわれをしむりきたれ
さなくば見よ、わが強弩棒破槌もてぐずどぼみぢれになさん

風見潤訳/ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』

↑宇宙で3番目にひどい詩だな。

補足: 『銀河ヒッチハイクガイド』によると上記のヴォゴン人の詩は”宇宙で3番目にひどい詩”である。ちなみに2番目はクリア星のアスゴート人の詩、そして最も恐ろしい詩は、イギリスのナンシー・ジェニングス氏の作品だったが、地球が破壊されたため作者もろとも消滅したとされる
(番外)宇宙で”4番目”に酷い詩 sbapp.net/appnews/siri-6-7693

哀悼のブルース
W.H.オーデン
時計をとめろ 電話線を切れ
犬に骨をやって吠えるのをやめさせろ
ピアノもドラムも黙らせろ
棺を運び出して哀悼の意を表せ
飛行機に空を旋回させて
雲で文字を書かせろ 「やつは死んだ」と
鳩の首に喪章のリボンを巻きつけろ
交通整理のおまわりに黒い手袋をはめさせろ

やつは俺の北であり南であり東であり西だった
俺の労働日であり俺の休息日だった
俺の真昼俺の夜中俺の話俺の歌だった
俺はそれが永遠に続くのだと勘違いしてたんだ
もう星はいらないから片付けてくれ
月も太陽もお払い箱だ
海を干上がらせ森を坊主にしろ
もう何もいいことなどないのだから
(壺齋散人訳)
(注)オーデンは同性愛者であった。映画『フォー・ウェディング』では、ゲイの恋人を亡くした男性が弔辞として哀悼のブルースを朗読するシーンがある

もうひとつの時代
W.H.オーデン
国文社
1997-10

アローン

エドガー・アラン・ポー

子どもの頃からわたしは
ひととは違ったようにふるまい
ひととは違ったものを見て
ひととはことなる泉から汲み取った
ひととは異なるものに悲しみを感じ取り
ひととは異なるものに喜びを感じた
わたしが愛したのは ひとりでいることだった
子どものころ この波乱の人生の
夜明けの時期にあたり
わたしに取り付いた神秘は
善悪の深みからやってきた
激流からも 泉からも
真っ赤な岸壁からもやってきた
また黄金の秋の色に染まりながら
わたしの周りを回転する太陽からも
わたしの近くを通り過ぎていった
イナビカリからもやってきた
とどろく雷鳴と嵐
青々とした空に浮かんだ
悪魔のような形相の
雲からもやってきた
(壺齋散人訳)

中学時代の俺はこれをノートのあちこちに書き写してたw

頭の中は――空より広い――
エミリー・ディキンソン
頭の中は――空より広い――
ふたつ並べてごらん――
頭に空が入るだろう――
いともたやすくあなたまでも――
 
頭の中は海より深い――
ふたつ重ねてごらん――
頭が海を吸い込むだろう――
スポンジがバケツの水を吸い込むように――
 
頭はちょうど神と同じ重さ――
ふたつ量ってごらん――
ふたつに違いがあったとしても――
音節と音の違いほど――

エミリーの詩は、他の詩人の作品とは異なっていて、しばしば一目で見分けがつく。バラードと賛美歌の韻律を作る才能、草稿に見られるダッシュの多用と型にはまらない大文字の使用、風変わりな語彙と比喩的描写などにより、独特の叙情詩を作っている。

これも詩であれ
フィリップ・ラーキン

二人はきみをごたごたに巻き込む 母さんと父さんは
そうするつもりはなくても そうしている
彼らは自分たちの持つ欠点をきみに詰め込む
その上さらに ほかの欠点も付け加える ただきみのために

けれども親たち自身 訳の分からない事態に巻き込まれたのだ
旧式の帽子や コートを着た愚か者たちのために
連中の人生の半分は 泣き言をいったり強情だったり
あとの半分は 夫婦喧嘩ばかり

人間は人間に対して惨めさを伝える
それは 近海の海底のように段々深くなっていく
そんなところから早く抜け出すことだ
そしてきみは 子どもをつくらないことだ

 『フィリップ・ラーキン詩集』

ちょうど今朝母ちゃんに、これ聴かせてやったところだよ。スカっとした。