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外国人「ナショナリズムとパトリオティズムの違いとは何だろうか?」

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(投稿者)
パトリオティズム”patriotism”とナショナリズム”nationalism”は何が違うのだろうか?
これについてずっと考えていた。

前者は、国や故郷への愛や、戦時中の兵士の勇敢な行動を表現するために、ポジティブな意味で使われている。
一方後者は、国や故郷のためであっても、通常の場合ネガティブで非合理的・過激な意味合いで使われている。

この2つの概念は度合いが異なるだけで同一の概念を指しているのだろうか?
その線引きはどこにあり、ナショナリズムのフラッグはどこで上がるのだろうか?

(注)
“patriotism”と”nationalism”はいくつかの日本語訳がある。
例)patriotism:愛国心、愛国主義 nationalism:国家主義、国粋主義…
文脈的に「愛国主義」と「国家主義」が最も近いとは考えるが、日本語化すると微妙にニュアンスが変わる部分があるので、ここではカタカナに留める。


この投稿へのコメント

聞く相手による。含意が異なるだけで同一の言葉だよ。
良い意味で使いたいならパトリオティズム、悪い意味で使うならナショナリズム

同じものだな
アメリカのレンズを通せばパトリオティズム、ヨーロッパのレンズを通せばナショナリズム

全く同じだよ
ポジティブな意味で言ってるのか、ネガティブな意味を強調したいのかってだけ

俺はどっちもポジティブには思わないけど

言語学的には2つの用語は非常に近く、文脈によっては事実上重複している。
僕は9/11以降、「愛国者(パトリオット)ではない」が、強力な修辞的道具として使われていたことを覚えている。これは結局、米国による極めて疑わしい(あるいは完全な犯罪)行為を引き起こすに至った。
それから、クリスマスに救世軍で働いている人々がパトリオットと呼ばれているのも見てきた。
結論としては、用語は伝統的に定義されるものではなく、使用される文脈によって一般的に緩く定められるものであると言える。

┗同意
2つの語句は時には同義語に扱われていて、口語的な区別でしかない
それから、ナショナリズムは必ずしも悪ではない例も挙げたい。南東ヨーロッパの多くの国が存在する理由は、ナショナリスト・イデオロギーによるもの。ギリシャはギリシャ人のために作られ、ポーランドはポーランド人のために作られた。
一方で、米国パトリオット法は方便としてそう名付けられただけで、それは正当な意味で使われているものではない。
僕は、ナショナリズムにおいて、共同体とアイデンティティの一致はそれ自体が良いものとしてみなされるため、道徳的・政治的ファクターとして他の意味に関わらず重視する傾向があると強く感じている。
だから既にそこに住んでいようが他人種を否定したり、経済を悪化させる可能性があってもイギリス人のためのイギリスという考えが支持される。
一方、パトリオティズムでは対象に何か良い面を見出し、よりよい国にするために国家に引き入れようとする。だから多文化主義が支持される。

米国愛国者法 -Wikipedia
米国愛国者法(英: USA PATRIOT Act)は、2001年10月26日、ジョージ・W・ブッシュ大統領によって署名され、発効したアメリカ合衆国の議会制定法である。法律の頭字語の10文字(USA PATRIOT)は2001年のテロリズムの阻止と回避のために必要な適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化するための法律 (英: Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001 公立法107-56)を意味する。通称愛国者法(英: Patriot Act)としても知られる。
愛国者法は、テロリストによる2001年9月11日の攻撃に対応するため、特に法執行機関のアメリカ国内における情報の収集に関する規制を緩和し、財務長官が持っている資産の移動、特に外国の個人または存在が関与している場合、に対する規制の権限を強化し、法執行機関と移民を管理する当局がテロ行為に関係があると疑われる人物の拘留または移民を国外に追放するための規制を緩和するものである。愛国者法はまた、国内におけるテロ行為を含めるようテロリズムの定義を拡大し、こうして愛国者法は法執行機関の権限が適用される行為の範囲を大幅に拡大した。

ドイツやオーストリア=ハンガリー帝国の例を見ろ。ユーゴスラビアには何が起きた?
ナショナリズムはそうではなくなるまでは無害に感じるんだ。

ナショナリストは内部の人々を攻撃し、パトリオットは外部の人々を攻撃する

よく知られている区別
パトリオティズムは自国を愛すること、ナショナリズムは他国を憎むこと

┗基本的にはこれ
パトリオティズムは全体としては自国やその理念を誇りに思うこと。
ナショナリズムは”自国にとって害悪だから”という理由で排外主義に走る。

┗それは本来のナショナリズムではないんだけど、こういう定義はどこから来たのだろうか?
僕は言葉の用いられ方に違いが見て取れると思う。パトリオティズムは個人の特徴を表す一方、ナショナリズムは思想的傾向を表す。

漫画「パトリオティズム君とナショナリズム君」
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俺はみんなが言うほど白黒ハッキリしたものじゃないと思う。
俺にとってのナショナリズムは宗教的、文化的、言語的、道徳的な原則の共有に基づく国家の繁栄を意味する。そして、本質的にはそれは悪ではない。
イタリアやドイツはナショナリズムによって一体化し、大英帝国やスペインは同じくナショナリズムよって没落した。

┗それは時代錯誤では?

┗200年前と比べたらグローバリズムによって世界は変わったが、国境や境界線が過去の遺物になるほど変化したわけではない。
パレスチナの例が証明するように、民族自決権というコンセプトは今日の世界でも非常に重要。

民族自決(self-determination)とは、各民族集団が自らの意志に基づいて、その帰属や政治組織、政治的運命を決定し、他民族や他国家の干渉を認めないとする集団的権利。民族自決権ともいう。

この言葉の解釈がどう違うかってのは面白いね。
アイルランドで生まれ育って、ナショナリズムとは自分の国が存在する権利であり、抑圧されずに決断を下す権利を保持することであると常に理解してるつもりだった。
一方、僕の理解するところのパトリオティズムは、自分の国が何をしようと自分の国は素晴らしい、自分の国は他の国より優れているという信念に近い。
だからパトリオティズムは多くの人に見下されていたが、ナショナリズムは多くの人に支持されていた。
結局その考えなら、後者に反対することとは、つまり国家の存亡自体に反対するようなものだからね。
つい最近になって、この2つのコンセプトは多くの人にとって僕とは違う風に考えられていることを知った。

最近は政治的な理由からこれらの言葉の定義がぼやけてるように思う。
何十年もの間、アメリカ人にとってのパトリオットとは、民主党支持者であれ共和党支持者であれ、両者が素晴らしいと思えるようなものだと感じていた。
パトリオティズムは僕が覚えている限り、アメリカ社会共通の統一的標語だった。そして、ナショナリズムという言葉も、現在のように極端な意味では語られていなかった。
しかし、最近では、誰かが昔のようにパトリオティズムを表明すると、即座に軽蔑的な意味を込めてナショナリストとしてみなされる。
僕はこれには色々意見があると思うし、特に何かを批判する意図はない。でも確かに風向きは変わったね。

パトリオットは馬鹿、ナショナリストはさらに馬鹿

パトリオティズム=国の良い面を常に見ようとする
ナショナリズム=国の悪い面を常に見ないようにする
もちろんこれは過度の単純化

パトリオティズム: 正しくても間違っていても俺の国。正しければ正しくあり続けるようにしよう。間違っていれば正そう。
ナショナリズム: 正しくても間違っていても俺の国。

意味合いが違う。
アメリカ人は子どもの頃からパトリオティズムは良いことだと教えられてきた。それは社会的・文化的な規範になってる。
ナショナリズムはそれよりも排外的な意味に聞こえる。
これは僕のパトリオティズムのイメージを言ってるわけではなく、単なる社会学的観点。

ググったら出てきたやつ
「パトリオティズムとナショナリズムの違いとは、パトリオットは自分の国が行ったことを誇りに思う一方で、ナショナリストは自分の国が何をしようと誇りに思うこと。前者の態度は責任感を生むが、後者のような盲目的な傲慢性はやがて戦争へとつながる。」
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パトリオティズムは自分の国に属している、一員となっているという感覚に由来するもの。ナショナリズムは理想としての国家への宗教的献身。
概念としては幸福と狂信の違い。

自分がたまたま生まれた場所を誇りにするなんて馬鹿げてるね。そんな枠組みに興味はないし重要じゃない
自分の国のくだらない問題のために一喜一憂する価値なんかないよ
俺はナショナリズムはもちろん、いかなるレベルのパトリオティズムも持ち合わせていない

┗馬鹿げてるか?君に人生の選択肢を与えよう。
ひとつは君が自分が迫害されていると感じ、周囲の人々や政府に怒りが湧いてくるような場所に住んでいる。
もうひとつは、君がより大きな利益のために働いていると信じられるコミュニティに属し、政府はこの世界でベストを尽くそうとしてくれる。
君はどちらを選ぶ?どちらも馬鹿げた選択?

┗生まれる国を選ぶことは誰にもできない。だから馬鹿げてるって言ってんだよ。

僕はスコットランド独立を支持しているから、ナショナリストというレッテルを貼られることがある。最近では、それに肩をすくめて、「なぜ支持する理由が聞きたいのか?」や「僕に否定的なラベルを貼るための言葉を探してるのか?」と言い返すようにしてる。
僕は自分の国が言論、宗教、基本的人権などを守ろうとしているならば、その国とその価値を誇りに思うべきだと感じている。完璧なものなど存在しないけど、世界のすべての地域と文化は平等なんていうのも馬鹿げていると思う。
他の国に住むよりも自分の国に住むことを誇りに思う人がいるのはなぜだと思う?
それが自分自身の力で直接理想を推進していることを意味していなくても、自分が人類の発展のために生産的なことをしていると分かっているなら、それは誇りにすべきだと思うよ。

ナショナリズムはあまりにも軽蔑的な意味で多用されすぎたせいで、ポジティブな意味がほとんど残ってない
実際はどっちもクソ

パトリオットは自国を愛している人々を指す。
ナショナリストは他国、そして自国を構成する値しないとみなす人々を敵視する。”彼”は自分をパトリオットだと思っているがそれは現実を見ていない。
その論理には欠陥があり(驚くことにそう考えるのは少数派だ!)、彼がアメリカを再び偉大にする前に追放されなければならない。
まあ、どちらもゾッとする連中だよ。彼らは、「国のため」と信じることのためなら暴力を行使することも厭わないんだ。

┗これもナンセンスな意見
ナショナリズムは単純に特定の国を中心に考えて政治を行うべきという考え。それは本質的に正常なこと。
ナショナリズムとレイシズム/排外主義は同義語ではないよ。

パトリオティズムは自分の国が最善の選択をとることを望むこと
ナショナリズムは自分の国が最高であると思い込むこと

┗まさに俺が言おうと思っていたこと

ナショナリズムは人種や民族と結びつく言葉
それは民族のアイデンティティと政治的アイデンティティをペアリングして構築されている

┗これ
黒人が南部連合旗を振っているところなんて見たことない。同じことはナチスにも言える
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┗カニエ・ウェスト「・・・」
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ナショナリズムは民族的、あるいは人種的な連帯を暗示している。
60年代のナーセルの汎アラブ主義、20年代のマーカス・ガーベイの汎アフリカ主義など。

汎アラブ主義(Pan-Arabism)は、中東における国家を超えたアラブ民族の連帯をめざす思想運動。パンアラブ主義、アラブ民族主義ともいう。

マーカス・ガーベイ(Marcus Mosiah Garvey, 1887年8月17日 – 1940年6月10日)は、黒人民族主義の指導者、ジャーナリスト、企業家。世界黒人開発協会アフリカ会連合(UNIA-ACL)の創設者。ジャマイカの国民的英雄であり、20ジャマイカドル硬貨の肖像になっている。
セント・アン教区で生まれたマーカス・ ガーベイは、ヨーロッパの植民地政策からのアフリカ解放を主張し、アフリカ回帰運動のもっとも重要な提案者として知られている。北米地域において黒人の権利を主張した先駆者であり、後のネーション・オブ・イスラムやラスタファリアニズムといった宗教・思想運動に影響を与えただけでなく、公民権運動にも影響を与えた。

僕はパトリオティズムもある程度は否定的な意味で使われていると思う。
2つの言葉は同義語であると言えるけど、ナショナリズムは文脈に応じて余分な意味を持っている。
ナチスは間違いなく愛国的(patriotic)だったけど、個人的な意味合いがあるパトリオティズムよりも、一般的に政治的イデオロギーに使う言葉であるナショナリズムの方がナチスムーブメントを指す際には一般的だった。
しかし、これらの用語は決して相互背反的なものではない。

確固とした定義ではないけど、ナショナリズムは”人々の上の共同体という存在”という厳格な声明である一方、パトリオティズムは共同体の不完全性を認識したうえで、そのシステムが共同体成立の精神に基づいて作用することを望むこと。僕の個人的なパトリオティズム意識では”人々のための共同体”みたいなイメージ。

この違いをはっきりと確認できる良いモデルはソ連。
ソ連崩壊の主な要因はロシアのナショナリズムの台頭だった。ロシア人はいくつかの国で構成される大規模な多民族連合体ではなく、ロシア人だけで構成されるロシアという国を望んでいた。
これはナショナリズム(民族的アイデンティティと欲求が政治的国境と合致)と愛国心(政治的忠誠心)が相反したケース。

┗パトリオティズムはその人が属する独立した政治的共同体に対する忠誠心だけを指しているわけではなく、その人が属する「国民集団」への忠誠心も含んでいる。
歴史において民族主義運動の革命家を描写する際に「パトリオット」と呼ぶことはしばしばある。だから俺は、パトリオティズムはナショナリズムの一部であると考えている。
ナショナリズムにはいくつかの意味がある。そのひとつは、共同体(すなわち共通のアイデンティティ持つ人々の集団)は、政治的独立をすべきというイデオロギー。それは一般的な意味でパトリオティズムの信念を表現する際にも使われるものだ。また、ナショナリズムは現在所属する共同体が他よりも優れていると信じている集団を表現する際にも使われる。
君の考えるナショナリズムの定義「国家の境界線は民族境界線と一致しなければならない」では、我々がこの言葉を使って表現しているところをカバーするには不十分。
歴史的に、”国”のナショナリスト(既に独立を果たしている)の動きはジンゴイズム的・拡張主義的。

ジンゴイズム -Wikipedia
ジンゴイズム(Jingoism)とは、自国の国益を保護するためには他国に対し高圧的・強圧的態度を採り脅迫や武力行使を行なうこと(=戦争)も厭わない、あるいは自国・自民族優越主義的立場を指す言葉。ナショナリズムの極端な例である。主戦論。強硬外交論。戦闘的愛国心。“Jingo”自体にもこの意はある。
語自体は1870年代、イギリス帝国のロシア帝国に対する好戦的な態度を表すために造られたもので、19世紀のアメリカではかかる態度を「翼を広げた鷲主義」(spread-eagleism)と呼んだ。なお、「ジンゴイズム」という言葉は19世紀末頃アメリカでも広まり始め、こうした好戦的態度は米西戦争の原因となったメイン号沈没事件において最高潮に達した。

┗これは複雑で、簡単に定義できないということを否定するつもりはない。例えば「封建主義」の定義が完全に一致する2人の歴史家なんて見つけられないだろうからね。ナショナリズムも同様に難しいというのは驚くようなことじゃない。
でもナショナリズムは中世政府が一元化された国家的共同体に打ち負かされたとき、すなわち近世初期に出現したこと間違いない。僕はナショナリズムとは、誕生した共同体が市民のモチベーションを高め結束を促すイデオロギーであると考えている。そのようなイデオロギーは国家の中枢にある民族的アイデンティティによって定義され、それを称賛することによって構築される傾向がある。

ヨーロッパのナショナリズムはナポレオン戦争と彼のフランスナショナリズムの概念に起因するものだったため常に戦争と関わる概念だった。
それは大陸全体にフランスの民族的優位性を植え付けようとするものだったため、それに反発するようにドイツ国家主義のように、また別の国籍概念も産まれた。
ナポレオンのフランスナショナリズムは軍事化と征服の道具だった。彼の驚くべき成功は国家主義の近代的理解の基礎。

パトリオティズムは愛国心
ナショナリズムはそれだけでなく文化的アイデンティティや独立国家を主張することにも関わる概念
「カタルーニャ・ナショナリズム」が「カタルーニャ・パトリオティズム」ならどうなのか考えてみてくれ
自分が当事者になることもたまにあるけど、個人的にはどっちも非合理的だと考えてる。国が良い方向に向かうことを望むために愛国心が必要とは僕は思わない。

カタルーニャ・ナショナリズム -Wikipedia
カタルーニャ・ナショナリズムまたはナシオナリスマ・カタラー (カタルーニャ語:Nacionalisme català )とは、カタルーニャにさらに高度な自治を求める、またはカタルーニャが完全に独立国家となることを目指す政治運動。地域ナショナリズムの名称。

2つのコンセプトの良い点を考えていたら、以下のようなものが思い浮かんだ。
・ナショナリズムは、その存在の有無に関わらずその人物の”ネイション”への憂慮を感じさせるものである。あるいは”ネイション”の消滅を本気で恐れているのかもしれない
・パトリオティズムは、ネイションが良いことをしていると感じた際にその人物の胸に浮かぶものである。この言葉にはパトリオットはネイションの善行のために自己犠牲も厭わないという含意もある。
これらの感情の発露に同意しかねるというなら、2つのコンセプトは以下のように要約できる。「俺たちはあいつらより上だ」

ナショナリズムと聞くと、過激主義、差別主義、排外主義、優生主義などと結びつける人々が多いのは、我々の最近のナショナリズム的選択を考えると理解できる部分もある。
でもナショナリズム自体は悪というわけでもなければ、差別主義や排外主義というわけでもない。
僕はバスク民族主義党を支持していて、投票したいと考えるけど、バスク民族主義は、排外主義や他民族が劣っているという考えに基づいているわけではない。
あれは、バスク人が他の国と明確に区別できる共同体を作り、政治的な仕組みとしてその共同体を認めさせ、それを土台に政治主体として国家を建設するというアイデアに基づいている。

バスク民族主義党 -Wikipedia
バスク民族主義党(バスク語: Euzko Alderdi Jeltzalea, EAJ、スペイン語: Partido Nacionalista Vasco, PNV、フランス語: Parti Nationaliste Basque, PNB) は、スペインとフランスにまたがるバスク州におけるバスク人の民族主義政党。1895年に結党され、近代のバスク民族運動を主導した。現在はスペインの国会に議員を送る地域政党であり、スペインの自治州・バスク自治州政府の政権与党である。
現在のバスク民族主義党はバスク地方の独立は要求しないものの、高度な自治を支持する穏健派民族主義政党である。暴力には反対する立場であり、分離独立を求めてテロをも辞さないテロリスト集団ETA(バスク祖国と自由)とは対立している。

パトリオティズムは愛国心、ナショナリズムは国家のアイデンティティに関わる政治的イデオロギー。
ナショナリズムは一つの見方では、地球上の全ての共同体が国家として組織されるというイデオロギーが中心にあり、そして人々が自己決定権を持っているという考えは基本的には国家主義的であり、資本主義よりも遍在するコンセプトだと思う。僕は用量さえ守ればナショナリズムは健康的だとすら思う。
民族性、宗教的アイデンティティ、一族関係が優先権を持つような強固な結束が存在しない国家は非常に不安定で、独裁政権に引き寄せられる傾向があるからね。

「パトリオティズムとは野蛮な美徳である」- オスカー・ワイルド
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「ナショナリズムとは小児病であり、人類のはしかである」- アルバート・アインシュタイン
quote-nationalism-is-an-infantile-disease-it-is-the-measles-of-mankind-albert-einstein-56399

goo.gl/lUewJE


この手のスレは9割クソスレなのであまり取り上げませんが、これは面白かったのでたまにはこういうテーマも。
ちなみにWikipediaを見るとこのように書いてあります。

ナショナリズム -Wikipedia
しばしばナショナリズムはパトリオティズム(愛国心、郷土愛)と混同されるが、社会共同体としての「郷土(パトリア)」への愛情であるパトリオティズムという言葉を、近代になって登場したナショナリズムと峻別する意見もある。しかし、「郷土」という言葉を「生まれ育った土地の自然風土」と捉える意味において、「郷土の自然風土」に限定して向けられる愛着は通常、パトリオティズム(愛国心)とは呼ばれない。現在ではネイション(政府の下で共通の文化・言語などを有する国民から成る国家)がパトリオティズムの対象となる場合が多いが、これはむしろゲルナー、スミス、アンダーソンらが指摘するように、ゲマインシャフト(地縁・血縁社会)的共同体がゲゼルシャフト(利益社会)であるネイションへと再編成されていったのと軌を一にして、各地域ごとに無数に存在した帰属対象としてのパトリアを、ナショナリズムが文化的同化作用によって、ネイションへと帰属対象を集約していった結果として理解される。

・・・なるほど

コメント

  1. 名前:名無し 投稿日:2017/01/12(木) 00:54:09 ID:f7e0b44e2 返信

    仮想敵を作るかどうかでしょ

  2. 名前:名無き 投稿日:2017/01/12(木) 01:04:28 ID:5d6c6719b 返信

    自然言語に正解はないんだけど
    パトリオット(愛国的)は反社会的の対義語のイメージで
    ナショナリズム(国粋的)はグローバリズムの対義語のイメージだな

  3. 名前:名無し 投稿日:2017/01/12(木) 01:05:00 ID:10ce77782 返信

    欧米メディアがレッテル貼りのためにゆがめた言葉だよ

  4. 名前:一言居士 投稿日:2017/01/12(木) 02:02:17 ID:db68e0e11 返信

    ナショナリズムは一民族、民族主義、極端には国境を超えて。
    パトリオティズムは一国家、多民族も可。

  5. 名前:名無し 投稿日:2017/01/12(木) 02:22:07 ID:7c4feee8b 返信

    パトリオット→進んで義勇軍に参加。増税にも国のためと理解を示す。
    ナショナリスト→文句しか言わないお前ら。

  6. 名前:名無し 投稿日:2017/01/12(木) 02:40:22 ID:e74eeb998 返信

    明確な違いがある
    これらを混同して同じものとみなしているからこそ、ヨーロッパは衰退してるのだよ
    一言で言うならば、愛国主義とは個人の自発的自由意思に根ざしたものであり
    全体主義とは政府による意図的な統制、強制(洗脳を含む)といった受動的なものに根ざしている
    ちょっとした実例で考えてみればすぐにわかる
    明らかに政府の唱えてることが嘘偽りで矛盾していても、お上の言うことに盲目的に付き従うというのは全体主義だ
    だが政府が強制していることであっても、愛国心に照らして考えれば国民のためにはならないというケースなどよくある
    つまり全体主義と愛国主義が相反するということがえてして起きる
    これは両者が別だということを示している

  7. 名前:名無し 投稿日:2017/01/12(木) 03:53:22 ID:29e9a345c 返信

    全体主義は暴走したナショナリズムに基づく過激な一分派であって
    ナショナリズムそのものではねえよ

  8. 名前:名無し 投稿日:2017/01/12(木) 04:52:29 ID:595261df3 返信

    グローバリズムでも、行き過ぎれば逆ナチスっぽい全体主義になるぜ。
    今のEUとか、そんな印象だな〜。

  9. 名前:名無し 投稿日:2017/01/12(木) 05:07:33 ID:4b12d66ec 返信

    単純に、
    ナショナリズムnationalismに結びつく人は排他的で、あらゆる相手を敵と味方に別けて、他へのバッシングを行動の基礎としてる
    一方、パトリオティズムpatriotismは、愛国でありつつも、もう少し人として誠実
    排他的であることもあるし真逆な場合もあるけど、基本パトリオットは国を良くすることが一番大事なので、他人に対して抱擁することで味方にしたり日本人にさせてしまうこともある

    ナショナリストに他人を抱擁することを選ばせることはできないし、抱擁する意味も理解しない
    なので最初から相手を味方であるとみなした時しか抱擁するような寛容な対応はしないので、新たに味方を創出することは下手
    パトリオットは三島由紀夫みたいに多くの外国の文化人とも相通じる価値観も持ち敬意を持たれるが、ナショナリストはたいてい馬鹿にされる

  10. 名前:名無し 投稿日:2017/01/12(木) 05:43:14 ID:b18f234af 返信

    パトが国、国家単位で
    ナショが民族単位じゃ無いの?

  11. 名前:名無し 投稿日:2017/01/12(木) 07:14:44 ID:b19f62eba 返信

    パトリオティズムは郷土愛、ナショナリズムは国家主義でしょ?
    もし、将来的に国家がなくなったとしてもパトリは残る。それは地元で嫌な目に合って育った人以外ならだれでも自然に湧く感情。左翼メディアは言葉狩りが好きだから、いずれ両方とも禁止されるんじゃないかな。AIビッグブラザー以外に愛着を持たないように教育されるだろう。シーブルの完成だ。動物農場。でも、当のシープルたちはセックス、ドラッグが自由に提供されるから反乱を起こそうという気も湧くことはない。一応人間だが動物みたいなような存在になる。それが悲観的に見た俺たちの未来だ。それが嫌なら今のうちから自分がその人生で何をすべきなのか、目の前の政治的な問題に対して真剣に選択しなければならない。

  12. 名前:名無し 投稿日:2017/01/12(木) 08:07:38 ID:797c1e710 返信

    パトリオティズムは愛郷主義。自分の生まれ育った土地に対する愛情。
    ナショナリズムは愛国主義。自分の国を愛すること。
    北方領土や竹島のような行ったことのない土地でも国とラベリングすれば無条件に愛するのがナショナリズム。そんな知らん場所どうでもいいというのがパトリオティズム。

  13. 名前:権兵衛 投稿日:2017/01/12(木) 09:50:32 ID:cbbb78be4 返信

    自国政府の政策を激しく非難しながらも愛国者であり得る。
    この簡単なことをワタシときたら、日本くんだりまで来なければ分からなかったのだ。

    「外人はつらいよ」ドン・マローニ 著

  14. 名前:権兵衛 投稿日:2017/01/12(木) 10:00:46 ID:cbbb78be4 返信

    我々は**国民だが、ヤツラは違う、というのがナショナリズム。
    パトリオティズムはギリシャ語の「同胞」が起源。国は関係ない。

    で、ナショナリズムが無いと、パトリオティズムがあっても国は滅びる。
    イギリスはインドで、敵対しあっている部族の片一方に手を貸して勝たせ、
    分け前を頂戴するという手法を使ってインド全域を制圧した。
    インド人には部族ごとのパトリオティズムはあっても、インド全体の
    ナショナリズムは無かったからこんなことができた。

    日本には尊皇攘夷で盛り上がったようにナショナリズムがあった。
    中国にもあったが、日清戦争後はそれが無くなり、群雄割拠になったので
    列強の侵掠を許した。負けたからではなく、皇帝中心のナショナリズムが崩壊
    したからである。

  15. 名前:  投稿日:2017/01/12(木) 11:30:42 ID:08fe703a4 返信

    まースペルが違うだけで意味は全く同じだわな。
    そんなのはどこの国の言葉にもある。

  16. 名前:名無しさん 投稿日:2017/01/12(木) 18:17:22 ID:373c642bb 返信

    現状、「子供を育てる為」には国家かそれに類するものが必要。
    大人になってから無政府主義者になるような人でも、
    その「大人になる」過程で、国家、又はそれに類するものの庇護は必ず必要になるだろう。
    清潔な食料、安心して飲める水、適切な医療、初歩的な教育、安定した治安がなければ子供達は社会的に育つことも出来ない。
    そしてそれらの社会を構成をする為の原理として、質や強度は様々でもナショナリズム的なものは必要であり、自分的にはパトリオティズムはそれをベースとした、やはり質や強度は様々でも「上乗せ部分」という感想。

  17. 名前:名無し 投稿日:2017/01/12(木) 23:10:50 ID:1442b2976 返信

    そもそも、愛国や郷土愛に善悪はない。欧米の無分別な収奪思考にこそ問題がある。

  18. 名前:名無し 投稿日:2017/01/13(金) 00:01:44 ID:c2ff467d0 返信

    ※14
    とんでも解釈だなw

  19. 名前:名無し 投稿日:2017/01/13(金) 09:28:58 ID:499d58993 返信

    ナショナリズムは排外的、パトリオティズムは中道的な愛国やろ

  20. 名前:名無し 投稿日:2017/01/13(金) 17:42:00 ID:3f7208830 返信

    レッテル貼りの手垢の色で判断しても意味ないよね
    理屈で言えばナショナリズムは自身(国・制度)の善悪は問わない必要悪にでもなれる
    パトリオットは国が「自分の信仰」に見合う存在でなければならない

  21. 名前:名無し 投稿日:2017/01/17(火) 17:13:38 ID:07f7ea459 返信

    >200年前と比べたらグローバリズムによって世界は変わった
    厳密に言えば英語を理解する国はアメリカの価値観に染まっただけ
    日本やロシア、中国なんかは英語を話す人間が圧倒的に少ない
    一方でヨーロッパ、北米、南米、中東、アフリカと東南アジアは
    英語を理解する人間が圧倒的であり、英米の情報を鵜呑みにして
    「世界は一つになった」と妄信してしまった
    実際はアングロサクソンとユダヤ系の価値観を英語を通して洗脳されているだけ
    その他の国は自国の価値観や言語を守ろうとするとアメリカとヨーロッパは
    ナショナリストと糾弾し、親日家はウィアブーとしてレッテルを貼り、
    インターネットを利用して西洋が団結しているに過ぎない
    なぜトランプを支持したアメリカはナショナリストと呼ばれなくて
    日本が移民を受け入れるのを悩んでいるのをナショナリストと呼ぶのか
    彼らのダブルスタンダードは「都合の悪い事実を数の暴力で抑える」
    結局白人も中国人と同じく自分の思想に染まらない者は排除する人種さ